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蘭州/敦煌⑥~玉門関/漢長城/河倉城/古城

午後、まずは陽関と並び称される古代の関所跡、玉門関[玉门关/YùMénGuān]。

玉門関

小方盤城とも呼ばれる玉門関は、約25m四方、高さ約10mの高さの城壁が残っています。

玉門関

遠くに長城や草木、泉なども眺めることが出来ます。

かつて西にはシルクや茶葉、東には果物や宗教・文化がここを通して伝わっていき、キャラバンの姿が絶えず、使者が往来し繁栄していた光景を思い浮かべるのもいいですね。

玉門関

次はその漢代の万里の長城、漢長城[汉长城/HànChángChéng]へ

漢長城

玉門関の西から疏勒河の南岸に沿い、安西縣北湖、金塔縣まで延びています。

ところどころ途切れてしまっています
漢長城

2000年にわたって風触されたため現在残された部分は少ないのですが、砂と葦などを層にして固めた当時の壁を間近に見ることが出来ます。

漢長城

大方盤城と呼ばれる河倉城[河仓城/HéCāngChéng]

河倉城

漢代に建設され、魏晋代まで西部防衛のために軍の兵糧を蓄えた場所で、幅40mほどの倉庫が3つ連なり、壁には通風のために三角形の小窓が設けられていたそうです。

河倉城

疏勒河に臨んだため、河倉城と呼ばれました。

河倉城

これらの遺跡はシルクロード:長安-天山回廊の交易路網として世界遺産に登録されています。


【世界遺産】シルクロード:長安-天山回廊の交易路網(2014年登録)
絹の道・シルクロードはユーラシア大陸の東西交流史において重要な位置を占め、西洋へは絹が、中国へは羊毛・金・銀・ネストリウス派キリスト教(景教)などがもたらされた。
『長安-天山回廊の交易路網』はその一部、中国の洛陽や長安から河西回廊を抜け、天山山脈の南北を通り中央アジアのタラス渓谷へと至る、総延長距離約8700㎞に及ぶ交易路網。
登録された世界遺産には、漢や唐の時代に都だった長安(現在の西安)や洛陽から天山回廊と呼ばれるルートを経て中央アジアに至る、計5000kmの遺跡群や仏教の石窟寺院や要塞など計33の遺跡が含まれている。

 
そして今回の最後の観光地は敦煌古城

古城

宋時代の敦煌城を再現して中国と日本の合作映画『敦煌』の撮影地用に建設されました。

古城

北宋時代の高昌(Gaochang)、敦煌、甘州(Ganzhou)、興慶(Xingqing)、汴(Bian)、 梁(Liang)5つ都市の主要な通りで構成されていて、当時は映画のラストシーンで沙州城を燃やす予定だったのが、中国側の要望で残されたのだそうです。

古城

観光を終えた後は、靖远尕六美味羊羔肉で敦煌最後の食事。

靖远尕六美味羊羔肉 敦煌市北台巷沙洲乐园东门南侧
靖远尕六美味羊羔肉

靖远尕六美味羊羔肉

靖远尕六美味羊羔肉

そして市内を散歩。

敦煌

ちょうど直前にNHKで敦煌が放映していたのですが、それで見た党河の散歩道をテレビを真似て歩きます。

敦煌

意外と深そうなので少し怖い…

敦煌

夜も更け、会社などへのお土産を買って敦煌の1日半は終了。
明日は蘭州経由で無錫に帰ります。

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プロフィール

JHOSO

  • Author:JHOSO
  • 1998年9月にペナンへ赴任。2006年6月に英国へ異動後、2008年2月に帰国し、川崎市に住んでいます。
    2016年7月から上海単身生活が始まり、2020年12月からは無錫生活となりました。
    一部の記事は近親者向けに限定公開としています。パスワードは薫の旧姓です。

    潤:バンコク生♂
    薫:日本生♀
    奏:ペナン生♂大学生
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