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西安⑧~ビャンビャン麺と羊肉泡馍

回民街老劉家で昼食。

老劉家

びゃん第一の目的は、陝西省名物というビャンビャン麺
店の看板にも書いてあるビャンビャン麺の『ビャン』の字は58画もある複雑な漢字(→)。

この意味もよく分からない『ビャン』は、これが平たい麺なので、その平たいという意味の「扁扁」が訛ったものという説や、麺を打つときの音だという説もありよく分かりません…

また、その平たい麺のことを指すのか、いろいろな味付け、食べ方があるようです。

老劉家

平たくて長い麺
老劉家

そしてこれも名物である羊肉泡馍
羊肉と、堅くなった馍(モー)と呼ばれる素焼きのパンを煮込んだもの。

まずはその馍をおもむろに渡され、『ちぎれ』と命じられます。

老劉家

分からずにいると、見本を見せてくれて「このくらいにしろ」というのですが結構堅くて、少々疲れます。
それが客にやらせる理由か!?

老劉家

羊肉泡馍
老劉家

イカ焼きも美味い。辛いのでビールが飲みたくなりますがここはイスラム教徒の街、酒は置いてません。

老劉家

たっぷり地元料理を満喫して上海へ。
初めての個人手配の中国国内旅行、大満足でした。

西安⑦~小雁塔・西安博物院

城壁南門・永寧門からは地下鉄で1駅の南梢門で下車し、小雁塔・西安博物院へ。

小雁塔

小雁塔
小雁塔

言葉の通り、大雁塔と形が似ていて小ぶりなことからそう呼ばれるようになったようですが、地震で上部2層が壊れたとはいえ今も13層構造になっていて、大雁塔よりも層があるという不思議。

この小雁塔も大雁塔と同じく、『シルクロード:長安-天山回廊の交易路網』の一部として世界遺産となっています。

西安博物院

西安博物院
西安博物院

平城京・平安京が倣ったと習った長安の街
西安博物院

これからの昼食、空港への移動を考えると展示物はとても全部見切れません。

西安博物院

残念ながら見学途中で断念。

西安博物院

タクシーで昨晩さまよった回民街へ。

鼓楼

昼間の鼓楼
鼓楼

自転車に乗ってまた歩いたのでお腹がすきました。

西安⑥~西安城壁

チェックアウトして荷物をホテルに預け、西安城壁[西安城墻]へ。

ホテルから東に歩き、東門である長楽門[长乐门]から城壁に上ります。

西安城壁

西安城壁

西安城壁

西安城壁

城壁の高さは12m、周囲は14㎞。
上ってみて、「さぁどうしよう」となったところで目についたのがレンタサイクル。

西安城壁

目的地の南門まで、自転車に乗って北回り(城壁3/4周)で向かうことにしました。
ところどころで記念撮影しながらのサイクリング、最初は楽しかったのですが、途中からただただ南門を目指すだけになりましたね…

西安城壁

城壁の幅は12~14m。自転車も歩行者もあまり多くなく快適。

西安城壁

西安駅
西安城壁

上海まで電車も通じているようです。

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西安⑤~德發長で餃子宴

観光を終えてホテルの部屋で一休みしてから夕食へ出発。
徒歩で15分ちょっと、西安市内の様子を楽しみながらのんびり歩くのも個人旅行ならでは。

街の中心に位置する鐘楼[钟鼓]
鐘楼

德發長 鐘楼店[德发长 钟楼店] 西安市蓮湖区鐘鼓楼広場
德發長

有名な餃子宴コースを、といっても中国語しか伝わらずメニューも「恭喜发财」餃子と書かれても何なのかよく分からずどのコースを頼んでよいものか悩みましたが、完全に値段だけを見て(相場も分からないのですが)オーダー。
他に一品料理を追加しようとしたら「無理、やめとけ」と(たぶん)言われたので、十分な量があるのでしょう。
まぁ、我々はビールさえあれば何とでもなるのですが。

德發長

德發長

コースには餃子だけで12種類含まれており、(味は驚くほどではありませんでしたが)見た目に楽しい餃子を楽しみました。
頑張ればもう少し食べられましたが、追加はしなくて正解だたっと思います。店員さん、さすが。

鼓楼
鼓楼

夕食の後はイスラム教徒である回族の街、回民街を散策。

回民街

ものすごい賑わい。

回民街

初めて見る食べ物もいっぱい。
ただ桂林で見たような昆虫とかそういうものは(少なくとも我々が見た限りは)ありませんでした。
丸ごと解体されて吊るされた羊はいましたが…

回民街

何かつまんでもよかったのですが、なにせ腹いっぱい。

回民街

イスラム街というだけあってお酒は売っていないようなので、街の外に出て適当に見つけたバーで一杯飲んで、マッサージして帰りました。
充実した一日だった~

西安④~大雁塔・青龍寺

兵馬俑と始皇帝陵の後は、あの玄奘三蔵(三蔵法師)ゆかりの大雁塔(慈恩寺)

大雁塔

大雁塔

創建時に5層だったものが現在は7層になっています。
ちょっと傾いているように見えるのは気のせいやカメラのせいではなく、地盤沈下で傾いているのだとか。
地下水を入れることで傾きを直しつつあるそうで、やり方が豪快。

大雁塔

大雁塔

この大雁塔は唐の時代の僧侶がインドから持ち帰った仏像や経典を保存するために建てられて、『シルクロード:長安-天山回廊の交易路網』の一部として世界遺産となっています。


【世界遺産】シルクロード:長安-天山回廊の交易路網(2014年登録)
絹の道・シルクロードはユーラシア大陸の東西交流史において重要な位置を占め、西洋へは絹が、中国へは羊毛・金・銀・ネストリウス派キリスト教(景教)などがもたらされた。
『長安-天山回廊の交易路網』はその一部、中国の洛陽や長安から河西回廊を抜け、天山山脈の南北を通り中央アジアのタラス渓谷へと至る、総延長距離約8700㎞に及ぶ交易路網。
登録された世界遺産には、漢や唐の時代に都だった長安(現在の西安)や洛陽から天山回廊と呼ばれるルートを経て中央アジアに至る、計5000kmの遺跡群や仏教の石窟寺院や要塞など計33の遺跡が含まれている。


大雁塔

下の方が濃い、というか上の方が黄色いのですが、長年黄砂にさらされたのが原因だそうです。
今の色の方がシルクロードっぽいですね。

大雁塔

20元で塔の上まで登ることが出来ます。
ただ、空気が悪いせいで眺めはイマイチ。

大雁塔

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西安③~秦始皇兵馬俑博物館

今回の西安旅行のメインでもある秦始皇兵馬俑博物館
まずは秦始皇帝像がお出迎えしてくれます。

秦始皇兵馬俑博物館

位置関係はこんな感じ
秦始皇兵馬俑博物館

まずは1974年に最初に発掘された最大規模の1号坑へ
秦始皇兵馬俑博物館

憧れたこの光景、圧巻
秦始皇兵馬俑博物館


【世界遺産】秦始皇帝陵と兵馬俑坑(1987年登録)
秦始皇帝は紀元前246年に即位すると自らの陵墓の造営に着手し、その約40年後、始皇帝の死後に完成した。
「史記」によると地下には宮殿があり、侵入者を射る弓が設置され、水銀の川が流れ、天井には宝石と真珠が散りばめられていたと言わていれる。
兵馬俑坑は、この陵を取り巻くように配置されており、その規模は2万㎡余りにおよぶ。
陶馬が600体、ひとつひとつすべて表情や服装・髪型が少しずつ異なる武士俑は成人男性の等身大で約8000体程あり、全てが東向きに置かれている。


秦始皇兵馬俑博物館

冠や鎧等が細部まで精巧に作られた180cm前後の兵馬俑が整然と並んでいます。

秦始皇兵馬俑博物館

歩兵を中心とする右軍と考えられています。

秦始皇兵馬俑博物館

奥の方ではまだ発掘・改修作業が進んでいるようです。

秦始皇兵馬俑博物館

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西安②~華清池

朝になって空気の悪さが目に見えて分かる中、自分たちで手配したチャーター車で丸一日西安観光。
とはいえ直接運転手と話す自身もないので日本語ガイドをつけはしましたが。

まず訪れたのは華清池[华清池]

華清池

華清池は驪山の北麓にある温泉池。
唐代の玄宗皇帝楊貴妃が毎年冬になると訪れていたロマンスの場だったそうです。

華清池

華清池

また、西安事変の際には蒋介石が張学良などに拉致・監禁された場所でもあります。

華清池

楊貴妃像
華清池

華清池

温泉び入れば楊貴妃のように美しくなれるはず!?

華清池

海棠湯(右上)は楊貴妃用の浴槽
蓮華湯(左)は玄宗皇帝専用の湯、右下は星辰湯

華清池

ここは『長恨歌』の舞台も有名らしい。
全てを満喫したければ、西安観光はとても週末だけでは足りません。我慢。

華清池

当時の様子を描いた絵。
真ん中で冠を付けた女性が楊貴妃とのこと。

華清池

上海より寒い西安、当時は避寒地として重宝されたことでしょう。

西安①~ホテルで合流

上海赴任仲間のN氏、T氏と前赴任者で現在長期出張中のO氏と一緒に週末西安旅行。
これまでの国内旅行は旅行会社のツアーに入っていましたが、今回は航空券、ホテル予約、現地チャーター全て自分たちで予約してスケジュールを立てることに挑戦。

気ままに仲間内で行動できるのは気が楽な反面、少し不安だったりしましたが。

二手に分かれて到着した西安は、かなり空気が汚い…
AQI(空気質指数)は優に200を超えています。

西安咸陽空港

空港内で見つけた昼寝ボックス
西安咸陽空港

先発隊の我々も西安皇城豪門酒店[Grand Noble Hotel Xi'an]に着いたのは23:00過ぎ。

西安皇城豪門酒店

西安皇城豪門酒店

後発隊をホテルのロビーで飲みながら待ちました。

西安皇城豪門酒店

後発隊は少し早めについたようで無事合流。
幸先の良いスタートです。

国慶節休暇スタート

10連休となる国慶節休暇がスタート、出張先の北京から直接、日本に帰国します。

北京首都国際空港

北京は建国70周年記念イベントで突然10/1のフライトがキャンセルになって、その日に帰国予定だった駐在員は大慌てになったらしいです。

北京首都国際空港

弊社の休みが世間より少しずれていて助かりました。
といっても10/1帰国なら上海からだったとは思いますが。

天正河鲀

国慶節休暇に入る前日、3年ぶりの北京出張(社員旅行では5月に行きましたが)。

朝のフライトが少し遅れましたが、無事に会議などは終わり、夜は北京駐在の人たちと会食。
なぜか河豚。

天正河鲀 北京市朝阳区新源里16号琨莎中心3号楼
天正河鲀

1人1人に出る河豚尽くしのコース。

天正河鲀

天正河鲀

さぁ、明日からお休みだ!!

大連観光

大連・旅順観光の思い出2

中山広場
市の中心にあり、ここから市内の道路が放射線状に延びる。日本統治時代の欧風建築物が並ぶ。

中山広場

中山広場

中山広場

中山広場

大連満鉄旧祉
日本の満州支配の象徴、南満州鉄道株式会社(満鉄)の旧本社。満鉄総裁室や会議室などを見学できる。
建物内は撮影禁止。残念。

大連満鉄旧祉

大連満鉄旧祉

大連満鉄旧祉

旧日本人街
老朽化が進み建て直されたものも多いが、日本統治時代の日本住居が集まったエリア。
どれがどれだかさっぱりよく分からないが、日本食屋は多い。

旧日本人街

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旅順観光

大連・旅順観光の思い出

水師営会見所
1905年1月15日に日露戦争の停戦条約が締結された歴史的な場所。
とはいえ建物自体は1996年に復元されたもので、乃木将軍とステッセル中将が座ったという応接セットも天板以外は復元されたものとのこと。

水師営会見所

水師営会見所

水師営会見所

水師営会見所

満鉄時代の懐中時計などを、損壊がひどい建物の修復のお金の為に買ってくれと言われたが、怪しい。
貴重なモノと言いながら出そうと思えば出せる値段、90年代に復元されたばかりのはずなのに損壊がひどいとか。
向かいの土産物屋なのか資料館なのか分からないところで当時のモノを見た後は、瑞鑫餐馆で食事。

瑞鑫餐馆

二〇三高地
1904年に開戦した日露戦争の激戦地。
入口からカートで麓まで行けるが(有料)、この日は大雨で道が滑るからと運休。道一杯に描かれている絵が災いしているらしい。雨の中を延々歩く羽目に。

二〇三高地

爾霊山記念碑
二〇三高地

二〇三高地

二〇三高地

本来は旅順口が見渡せるとのこと。雨男の本領発揮で残念。
二〇三高地

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プロフィール

JHOSO

  • Author:JHOSO
  • 1998年9月にペナンへ赴任。2006年6月に英国へ異動後、2008年2月に帰国し、川崎市に住んでいます。
    2016年7月から上海単身生活が始まりました。
    一部の記事は近親者向けに限定公開としています。パスワードは薫の旧姓です。

    潤:バンコク生♂
    薫:日本生♀
    奏:ペナン生♂
    集:ペナン生♂中二
    和:日本生♀小六
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